世界平和統一教会の総裁である韓鶴子(ハン・ハクチャ)さん。
彼女は、世界平和統一家庭連合の教祖である文鮮明(ムン・ソンミョン)の3番目の妻としられていますが、なんと14人の子こどもがいるようなんです。
14人の子どもの名前や年齢など詳細はどのようになっているのでしょうか?
今回は、韓鶴子さんの子どもの名前や年齢などまとめていきます。
韓鶴子のプロフィール

名前:韓鶴子(ハン・ハクチャ)
出身地:日本統治下朝鮮 平安南道
生年月日:1943年2月10日
肩書:世界平和統一家庭連合教祖、世界平和女性連合・天宙平和連合総裁
現在世界平和統一家庭連合の教祖としてしられている韓鶴子さん。
1943年2月10日に北朝鮮領に韓承運と洪順愛との間に1人娘として生まれます。
1951年江原道春川氏の小学校に通う。
1956年小学校を卒後した韓鶴子さんは、初めて文鮮明に出会います。
その後、母の洪順愛が宗教活動に熱中していた関係、祖母に育てられる。
さらに洪順愛が文鮮明が教祖を務める世界平和統一家庭連合の信者となった事で、韓鶴子さんもその教えに触れました。
1960年に当時17歳だった韓鶴子さんは、当時40歳だった文鮮明の伴侶として選ばれ3月27日に婚約、4月11日に結婚をしました。
結婚した29年後の1989年には、母の洪順愛が他界。
洪順愛は真の母を育てた偉大なる母という意味で「大母様(テモニム)」と命名されました。
その後、アメリカで行われた「科学の統一に関する国際会議」や、韓国で行われた「世界平和女性連合」で講演を行いました。
韓鶴子の夫は文鮮明

文鮮明は正解平和統一家庭連合、国際勝共連合を含む統一運動の創立者です。
二人の関係は10月から信者たちに相手を明らかにせず「天の命によって結婚準備をする」としました。
後に「信者たちの夢に韓鶴子が出て来た」として婚約を発表しました。
婚約を決めた理由が夢に出て来たからという、なんとビックリな理由です。
二人の間には14人の子どもがおり、多くの孫も存在します。
【家系図】韓鶴子の子どもの数がやばい!

文鮮明と結婚した韓鶴子さん。
二人の間にはなんと14人もの子どもがいるとの事です。
韓鶴子さんの家系図はこちらです。

・長女:文誉進:1960年
・長男:文孝進:1962年
・次女:文恵進:1963年
・三女:文仁進:1965年
・次男:文興進:1966年
・四女:文恩進:1967年
・三男:文顕進:1969年
・四男:文國進:1970年
・五男:文權進:1975年
・五女:文善進:1977年
・六男:文榮進:1978年
・七男:文亨進:1979年
・六女:文妍進:1981年
・七女:文情進:1982年
14人の子どもは7男7女とちょうど半分に分かれています。
第一子となる長女は、1960年に生まれ2年後には長男が生まれました。
しかし、長男はアルコール依存症・薬物依存に陥り45歳と若さで心臓マヒでなくなりました。
また、次男も18歳の時に不慮の事故により18歳という年齢で亡くなってしまいました。
次女に関しては、生後8日で亡くなってしまいました。
兄弟の数も多い事からほぼ絶縁状態になっているらしく、あった事もない兄妹もいる程だそうです。
韓鶴子の子どもには派閥があった

あった事ないだけではなく、以下の3つの派閥に分かれていたと言われています。
韓鶴子率いる「世界平和統一家庭連合」
文顕進(三男)率いる「家庭平和協会」
文亨進(七男)率いる「世界平和統一聖殿(サクチュアリ)」
元は文鮮明が「統一教」という名称を使っていたが、金銭的トラブルなどトラブルがあった関係で「世界平和統一家庭連合」という名前に変更しています。
級統一教会の後継者争いをしていた三男と七男。
三男はコロンビア大学・バーバード大MBAを経ている事から、とても賢い方という事が分かります。
最も後継者として期待され信頼もされていた事で。文鮮明の死後教団の8割の資金を管理する財団を任されていたそうです。
しかし、「教団の教義が変化している」「もともとの統一教会ではない」として、財団の定款を自らの判断で書き換えたり、母親の考えも強く否定したと言われています。
七男は、文鮮明の意向に従い宗教色を強めると宣言し、三男が文鮮明の意向に背く動きをした事も相まって一気に後継者候補となります。
現在「世界平和統一聖殿(サクチュアリ)の頭を担っています。
「世界平和統一聖殿(サクチュアリ)は日本にも本部を置いており、トランプの有力な支持者として知られています。
2020年のアメリカ大統領選の時には、トランプ氏応援デモに参加していました。